創業明治26年より
京都市中京区にて電気設備工事 
を通じて明るい社会づくりを目指しています。

 

第43話 島津さんの電気自動車


  今回は当社の100年誌「道」からの引用です。
先代社長山科吉三が島津さんの電気自動車と島津さんからのご用命の工事について述懐しています。
昭和の初めの頃の話ですが、当時のモダンな様子が窺われますのでお読み下さい。


  履歴書を見ると、父(注:創業者 山科吉之助)は島津製作所に約1年程勤めていた。その関係から、私(山科吉三)も2代目の島津源蔵さんに時々お目にかかっている。
父は初代島津さんの時代に入社したのである。

  昔、島津さんの別荘が北白川にあり、本宅は東洞院御池の角で、丁度私の家は、横を通って本宅へ向かわれる道筋である。何か用件があると、時々私の家へ立ち寄られた。
 島津さんは、すらっとした背の高い立派な人で、父より1、2歳年上と思われた。いつも電気自動車乗っていられたが、その電気自動車は実用本位で出来ている。島津さんは日本電池の社長を兼ねておられるので、電池を使われるのは分かるが、ボディを誰が設計したのか、お上手にもスマートとは言えない。運転手の他に客2人がどうやらスシ詰に乗れる位のスペースで、膝をのばしてゆっくり乗ることは不可能であり、乗れば不動の姿勢である。


島津さんの愛用の電気自動車

 


私が22歳位のとき、父に連れられて北白川の別荘へ伺ったことがある。現在のバプテスト病院のあたりではないかと思われる。山が両方にあり、谷間の南面した景色の良いところである。別荘の入口に母屋があり、そこを通って約20度程度の坂道を100mほど昇ると、見晴らしのよい高台に洋風の奥座敷がある。そこで1時間ほど雑談の末、昼食をごちそうになった。
 
  訪問の用件は、電池を利用したスタンドのを広い庭のあちこちに、必要に応じて配置したいとの事であった。
  今なら水銀灯をケーブル工事で取り付けるところであるが、島津さんはスタンドを5〜6組注文してもらった。
  帰りがけ、ふと気がつくと軒下に直径30cm程の半鐘が吊るしてある。聞けば、上の主家から下の入口の家へ用件がある時、これを鳴らすとのこと。下にいる人が音を聞いて、上まで用事を聞きに来る。
  島津さんのアイデアを得意になって説明しておられたが、これも今なら直通電話というところである。風流を宗としておられたらしい生活ぶりがよく分かった。

  帳簿を調べていくうちに、私の店では島津さんへの売りの他に、時には商品を仕入れていたらしい。
  なお、私が小学校1年生の時、竹間小学校で島津様のご親戚の島津みち子さん(本宅にお住まいの方)と同級であり、又、現在の社長山科隆雄は、松ヶ崎で島津様のご親戚の鈴木様の隣に住まわせてもらっているし、その縁でノートルダム女学院にも出入りさせてもらっている。よくよく不思議な縁である。


いかがでしたでしょうか。尚、現在でも当社は三冷社様のご発注により島津製作所様の工事を担当させていただいていております。

 





                      (第44話をお楽しみに・・・)

 


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