創業明治26年より
京都市中京区にて電気設備工事 
を通じて明るい社会づくりを目指しています。

 

 第41話 釜山電灯会社 その2


 前回に引続き、当社2代目社長山科吉三の少年時代の述懐です。
今とはずい分違う時代の様子が分かります。

当時は一中(注:京都第一中等学校)では4年になると、朝鮮へ修学旅行に行った。7泊8日で、鴨緑江を渡って安東駅まで行くのである。安東駅ではてん足をした老婦人が100人程二列になって、お互い肩を持ちあいヨチヨチと歩いて列車に乗るのを見てびっくりした。昔は中国では上流社会の女子は皆てん足したらしい。(中略)
 父(注:創業者 山科吉之助)の命令で釜山へ着いた夜、旅館で夕食をすませ、先生に許可をもらって、一人で電車に乗って、町はずれにある横江川氏の家をたずねた。電車といってもチンチン電車ぐらいで、レールの下は石だたみもなく、土を固めた程度である。100mか150m毎に薄暗い外灯がポツンポツンと点っている寂しい所で、乗客は私一人か、他にあったか、今考えるとあんな寂しい所を一人でよく行ったものである。治安が良かったのかもしれない。
 幸い明さんとほっそりとした上品なお母さんの二人が在宅で、しばらく四方山のお話をした。食事をすすめられたが今済ませてきたと辞退するとそれでは風呂でもとすすめられ、これは有難いと前夜からの関釜連絡船の垢を流させてもらって、又、一人で電車に乗って旅館まで帰った。
 翌朝汽車の出る直前に、明さんが大きな夏みかんを山程持って見送りに来られ、友人達と喜んで頂いた事を覚えている。
 明さんは父の後をついで、鉄工所を経営しておられたがうまくゆかなかったらしい。その翌年、又、三高のあたりで学生服を着て、前と同じアルバイトをしておられるのに2,3度出会ったきりで、その後は今日まで音沙汰がない。
 明さんはヒゲの濃い好青年で、今どうしておられるか。

 付記:帳簿2号、横江川名義、明治43年4月、66円、送料4円57銭
同避雷針4本(単価9円50銭)38円

 

 


                             (第42話をお楽しみに・・・)

 

 


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