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京都市中京区にて電気設備工事 
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第37話 大正から昭和の街路照明 その2


  今回も前回に引続き、電気を守る会発行の「電灯100年」誌からの引用
 です。情景を思い浮べながらお読み下さい。

  大正時代には、ちょうど全国各都市においても街路照明の必要が話題
 になっており、街路建設の気運が大変高まっていた。京都市においては、
 次から次に町々に街灯が建てられ、大正13年には、四条通八坂神社石
 段下から四条小橋に至るまで、祇園気分を多分に表わした2灯付外灯を
 青銅製のものを含み63基建てつらねて、昔日の瓦斯灯の影はみるよし
 もないようになっていた。
  行幸道路の烏丸通には、当時、莫大な資金を投じて大型の灯柱が20
 間の間隔を置いて建てられ、大主要道路にそくした偉大な形状は人々の
 眼を奪った。プラタナスの街路灯の間、一基千燭光に近い光が夜の行幸
 通を美化し、都のメインストリートとしてその価値を十二分に発揮させてい
 た。
  新京極は、京都における大阪の道頓堀に比すべき最も繁華な町であり、
 これに接し、南北に走る寺町通は、大正13年に至り、京極の延長として
 最も奇抜にして高尚な半アーチ型の街灯柱を建設した。点灯後の夜の街
 は白光のトンネルを作り出して、人々は完全に小売店街路照明の極致に
 魅了された。これは鈴蘭型街灯と称され、たちまち全国に宣伝され、一躍
 街灯界のスターとなった。京都市においてはこの型は100基近くあった。

《京都電灯が開発した鈴蘭灯(四条寺町下ル)》

  いかがでしょう、京都はずい分と元気だったのですね。各街路の賑かな
 情景が目に浮かぶようです。

                             (第38話をお楽しみに・・・)

 


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