創業明治26年より
京都市中京区にて電気設備工事 
を通じて明るい社会づくりを目指しています。

 

第36話 大正から昭和の街路照明 その1


  宇宙から夜の地球を見ると、漆黒の暗闇の中にあざやかに光輝く日本
 列島が浮んでいるといいます。この光景を実際に見たのは、残念ながら
 数十名の宇宙飛行士達だけですが、私達も飛行機の夜の便に乗った時
 これに近い体験が出来ますね。
  しかし、こんなにエネルギーを使い、街中が夜でも明るくなったのは実は
 比較的最近のことで、電気のあまり普及していなかった明治時代はもちろ
 ん、大正、昭和初期の時代でも普通の街では夜は漆黒の闇に包まれてい
 たようです(これは前回の35話の内容からもお分かり頂けると思います。)
  そんな中で、京都はやはり少し違っていたのです。今回は電気を守る会
 発行の「電灯100年」誌からの引用です。文章は一部主旨を変えない範
 囲で省略、要約させて頂いております。

  便利な電車の開通と共に、京都の祇園町から四条通りを西へ瓦斯灯の
 光が流れて、街の繁華を一層盛んにしたのは、明治の御代であった。
 これが、京都市の街路照明の始まりであった。
  ・・・・・・青白い瓦斯灯の光がやがて明々とした電灯照明に換えられる時
 が来た。大正4年、大正天皇の御大典が京都で挙げられ、市民の歓喜は
 10万余個の電灯の光となって、奉迎門、行幸道路はもちろん、あらゆる
 通りに臨時外灯が連なり、橋梁、大建築物はイルミネーションの美を競い
 その栄光は全市を包んだ。
  この時、電灯による街路照明柱の建設の議が四条通奈良物町(今の四
 条寺町辺り)に起こった。当時モダンな5灯付の街灯柱20基が瓦斯灯と
 置き換えられ、断然明るく光を放ち、期せずして繁華の中心となって市内
 各町の羨望の的となった。
  次いで大正5年、四条通南座前にこれとほぼ同型の16基が建てられ、
 大正9年までにグローブに工夫を加えた5灯付街灯131基が四条通りの
 鴨川から烏丸通の近くまで約十余町にわたって建設されるに至り、京都の
 外灯として、しばらく他都市の注目するところになった。

  いかがでしょう、モダンで明るい外灯を見上げながら街を歩く人々のザワ
 メキが聞こえてくるようです。次回もこの続きをお届けします。

   グローブ・・・照明球のカバーのこと。

                             (第37話をお楽しみに・・・)

 


Copyright(C) 1999-2012 YAMASHINA ELECTRIC CONSTRUCTION Co.,LTD