創業明治26年より
京都市中京区にて電気設備工事 
を通じて明るい社会づくりを目指しています。

 

第44話 山科の姓名について




  当社は明治20年の創業以来115年の長きに渡り電気工事をさせて頂い
 ております。大変ありがたいことに、そんな中30年、50年とお取引を頂い
 ているお客様が多くあります。中には100年を越えるお客様もあるのです。
 当社は創業以来、現在の中京区夷川の地で商売をさせて頂いているの
 ですが、そんな永いお取引を頂いているお客様の中にも、新しいご担当
 者の中には、当社が山科区に所在していると勘違いなさっておられる方
 が時々あるのです。この、゛昔話を゛ずっとお読み頂いている皆様は山科
 は 地名では無く創業者の姓であることをご承知いただいていることと思
 います。
  私、(現在社長の山科隆雄)は、山科家第七代目山科喜雄の弟に当た
 りますが、山科家初代喜兵衛の父は、山科村(今の京都市山科区)の御
 陵 (みささぎ)で百姓をしていました。初代喜兵衛が現在の夷川通りで畳
 屋を開業するのですが、屋号を山科屋としたと伝えられています。
  山科屋は屋号であって姓ではありません。昔は町人は名前だけで姓は
 無かったのです。ところが明治の初めに姓をつけることになった時に、色
 々と考えた末、「屋」を外して「山科」としたのです。
  山科と言えば、山階宮様や、お公家様の山科子爵家が有りますが勿論
 それらの家とは関係が有りません。先代から聞いた話ですが明治時代、
 今の同志社の入口に京都の華族会館が在り、当社はそこへ長く出入りさ
 させていただいていました。あるとき創業者山科吉之助は山科子爵から
 直接、何か関係があるのかと聞かれたそうですが、創業者は全然かか
 わりはございません、とお答えしたそうです。
  私も時々「山科さんは元は宮さんか」とお客様や知人から聞かれること
 があります。私はそんな時「ええ、そうです。ただし、元タタミヤ(畳屋)とい
 う宮です」と冗談でお答えするのですが、時代が時代なら厳しく叱られるこ
 とでしょうね。尚、戦前までは夷川通には堀川から寺町までの間に畳屋さ
 んが10軒程あったと言いますし、今も何件かお商売をなさっておられます。

 

  永い間「電気工事゛昔ばなし゛」をお読み頂きまして、ありがとうございま
 した。 まだまだお伝えするお話もあるのですが、このシリーズはひとまず
 第44話 をもって終了させて頂きます。
  山科電気工事はこれからも゛昔ばなし゛も語れるが、最新の技術を提供
 しお客様に喜んで頂ける会社を目ざして努力して参ります。引続きご愛顧
 をよろしくお願い申し上げます。

                                  (平成20年10月) 

 

 


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