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第35話 小泉八雲が観た京都


  資料を色々と整理していましたら、興味深い記事を発見しました。
 ちょっと時代が戻りますが、そのまま全文を掲載しますのでお読み下さい。
 出典は、(財)納税協会連合会が発行の「納税月報」平成9年6月号です。
 「関西を観る」というシリーズ物で、河内厚郎氏の筆による「小泉八雲が観
 た”京都”」です。
 
 「小泉八雲が観た”京都”」
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  日本人以上に日本を愛したといわれるラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が
 京都へやってきたのは、平安遷都から千百年目にあたる明治27年(1894)
 の秋のことでした。千百年祭は春に行われる予定だったのですが、疫病の
 発生で、秋に延期されていたのです。

  神戸・中山手に住んでいたハーンは、朝の一番電車に乗ってやってきま
 す。車中、大阪から乗り込んだ芸者が何人かいて、その一人の声の良さに
 感心しているのが、いかにも彼らしい感想です。

  京都駅でおりたハーンが驚いたのは、祝典装飾の美しさでした。町筋とい
 う町筋にはイルミネーションの設備がほどこされ、家の前には一軒のこらず
 門並みに新しい白木の提灯の柱が立てられて、意匠をこらした提灯がつる
 してあるのです。軒先にも国旗と松の小枝が打ちつけてあり、提灯の上に
 から傘を一本ずつさしたところもありました。

  「宿へ帰るころには、町の提灯はすでに消えて、どこの店屋も表の大戸を
 おろしはじめていた。まだ、宿に着かないうちに、あたりの町は、どこもまっ
 暗になってしまった。あのイルミネーションのこうこうとした光り、魔法のよう
 な見世物、賑やかな雑音、潮騒のような下駄の音―そのあとへいきなりき
 た、この人気のないガランとした静けさは、なんだかさっきからの宵のうち
 の経験が、まるで現実のものではなかったような―キツネにでもつままれた
 かのような心持を、わたくしに起こさせた。あの光りも、あの色も、みんなあ
 れは、人を化かすために作られたまぼろしではなかったのか」
 「・・・・・・日本の祭の夜を形づくるいろいろの物が、こんなぐあいに瞬く間に
 消えてしまうのは、かえってそれが思い出の喜びに深ぶかとした感じをあた
 えるようでもある。この変妖幻奇な影絵は、パッと消えたが最後、未練たら
 しく跡を引くということが一つもない。だからこそ、その思い出は、哀愁の色
 に濡れることなく、いつまでも鮮やかに残るのである」

  ハーンが日本美の「幽けさ」に心動かされていることがわかります。翌朝
 は、この年に始まった時代祭の行列を見物に出かけました。町は人々で
 ごった返し、右にも左にも行けないという混雑ぶりでした。「そのくせ、みん
 な動いてはいるのである・・・・・・群泳する魚の群みたいに、全体がじりじり
 と、少しずつずりながら進んでいるのであった・・・・・・こんなぎっしりと人間
 が密集していて、どうしてこんなにスラスラとそのなかを通り抜けてこられた
 のだろう?これはひとえに、日本人の国民性がその鍵を握っている謎であ
 る」

  ハーンが京都にきた頃、幕末の争乱で御所から南を全焼した明治の京
 都は、まだ復興途上でしたが、この建都千百年を機に都らしさを回復して
 いきます。建都千百年も時代祭も、京都復権の願いがこもるイベントだった
 のでしょう。

  近代京都の誕生には、いろいろと面白いエピソードがあります。一例をあ
 げると、発電所をつくってしまったところ使い道に困り、日本で一番早く市電
 を走らせることになったとのことです。
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  いかがでしたでしょうか。私も知らないエピソードでした。

                             (第36話をお楽しみに・・・)
  
 


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