創業明治26年より
京都市中京区にて電気設備工事 
を通じて明るい社会づくりを目指しています。

 

第30話 昭和初期の労務事情 その1 職業紹介所


  当社の100年史を繙いてみますと・・・

  昭和の初期、当店には成人が10人余り、住み込み(主に未成年)が4人程
 戦前最も多かったのが昭和10年〜13年頃で、大人15人余り、住み込み
 5人程で、計20人程が働いていました。これらの人は皆、直営で、特別な
 ケースを除けば、下請や外注にはほとんど出さずに仕事をこなしていたの
 です。直営は、利益率から言えば不利でしたが、反面お客様からはそれを
 知って喜んでいただいていたようです。

  昭和12年〜13年頃以降はそろそろ応召が始まり、新卒の採用は難しく
 なり、更に16年頃になると、仕事そのものが急激に減少して来ます。ただ
 し、労務上は店員の中にも応召者がかなり出て、それなりにバランスがとれ
 ていたようですが、18年頃になると経営者の他は50歳以上(当時としては
 かなりの高齢者)の電工2〜3人と未成年の住み込み2人程の5〜6人に
 なってしまい、仕事らしい仕事も出来ない状態になってしまいました。

  昭和5〜6年頃は住み込みの内約7割は縁故採用でしたが、残りの約3
 割がその当時の職業紹介所(後の公共職業安定所、今のハローワーク)
 からでした。それが不思議なことに、当時当店から一度も求人票を出さない
 のに、職業紹介所から採用の依頼があったと言います。当時の不景気に
 よる人余り(今で言う有効求人倍率が低く)が原因ですが、中には長野県
 からの依頼もあり、採用したことがあったと言います。

  ある時、「和歌山県出身の子供だが、今夜一晩だけでも良いから預って貰
 えないか」と職業紹介所からの依頼がありました。「え?」と思われたことと
 思います。このことは次回お話しを致しましょう。
  
                             (第31話をお楽しみに・・・)
  
 


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