創業明治26年より
京都市中京区にて電気設備工事 
を通じて明るい社会づくりを目指しています。

 

第20話 京都市内を二分した電灯


  しばらく当社のお客様の話しが続きましたので、ここらでちょっとひとやす
 み。今回は明治の終り頃から大正にかけての電灯のエピソードをお伝えし
 ます。資料は「電気を守る会」発行の「電灯100年・みえざる天使たちの歩
 み」から頂きました。

  同誌によりますと、大正の初期、京都市内は三条通りを境として、北は京
 都市、南は京都電灯と、電灯の供給区域が分担されていたのです。そこで、
 停電などがあった時などは、南側一体が真暗なのに、北側一帯は煌々と明
 るく、などといった状況が出現したようです。また、その逆のこともあったの
 です。

  又当時、電灯事業に暗い影を投げかけたのは瓦斯灯でした。瓦斯灯が
 マントル(ガスの炎にかぶせて明るい光を出させる器具)の使用によって
 実用的な価値を認められ、瓦斯会社が主要都市に次々と出現したのです。
 この為、新京極や四条通などの繁華街は大部分瓦斯灯に変わり、電灯と
 照明を争ったと言われています。しかし丁度この頃にタングステン電球(第
 10話参照)が出現し、瓦斯マントルによる脅威は一掃され、瓦斯灯は石油
 灯なみに後退したのでした。京都電灯では明治43年にこのタングステン
 電球を採用しましたが、このタングステン電球は、まさに電灯照明界にもた
 らされた一大福音であったようです。
                             (第21話をお楽しみに・・・)
  
 

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