創業明治26年より
京都市中京区にて電気設備工事 
を通じて明るい社会づくりを目指しています。

 

第19話 お得意様のこと8
「ヴォ−リズさん」


  建築家ウィリアム・メレル・ヴォ−リズの名前は多くの方がご存知のこと
 でしょう。
  当社が、そのヴォ−リズ建築事務所へ出入りしはじめたのが昭和4年で、
 第1回目が稲田病院(二条東洞院)でした。重厚なレンガ作りの耳鼻咽喉
 科で、私も少年の頃何度かお世話になったことを覚えています。残念乍ら
 今ではマンションに建替えられてしまいました。
  第2回目は大丸下村社長邸(昭和7年、烏丸丸太町、現在の大丸ヴィラ)、
 第3回目は大丸伏見邸(昭和10年、現在の宝酒造旧本社)、第4回目が、
 保存か取壊しかで大騒ぎとなったかの豊郷小学校(滋賀県、当時日本一
 の小学校と言われた)、第5回目が大丸仕入部、第6回目が大丸京都店
 7階食堂でした。これが昭和12年です。その後第7回目に豊郷小学校の
 附属的設備を施工させて頂き、そして戦争で一時期工事は全面ストップし
 ました。戦後26年頃になり、第8回目の工事として京都YMCA(三条)改
 修工事、第9回目に近江サナトリウム病院の増築工事などを施工させて
 頂きました。
  以上、いずれの工事も大変入念に行い、数多くの感謝状を頂いたもので、
 当社にとっていずれも代表的な作品となりました。
  ヴォ−リズさんは米国人で、帰化(昭和16年)されて「一柳米来留(ひと
 つやなぎ・めれる)」となられました。初めは、滋賀県八幡商業の英語教師
 をされ、後、近江八幡市でメンソレータムの販売や建築事務所を経営、そ
 の利益のほとんどをキリスト教の伝道や土地の子女の教育事業につぎこ
 まれたことはあまりにも有名な話しです。私共の先代吉三の書き残した文
 章によると、実に人なつっこい方で、自然にこちらの頭の下がる思いの人
 であったとのことです。残念乍ら、昭和39年にくも膜下出血で亡くなられま
 した。
  こんなヴォ−リズさんのお仕事をさせて頂けたことは、当社にとって大変
 幸せなことでした。
 
  

《W.M.ヴォ−リズ(一柳米来留)さん》

《当時のヴォ−リズ建築事務所との関係を示す書状、書類》

                             (第20話をお楽しみに・・・)
  

 

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