創業明治26年より
京都市中京区にて電気設備工事 
を通じて明るい社会づくりを目指しています。

 

第17話 お得意様のこと6
「NHK沖縄放送局−1番遠方の仕事」


  当社が施工させていただいた1番遠方のお客様は、戦前ではNHK沖縄
 放送局でした。昭和14年頃、京都府庁の営繕技師から沖縄県庁の営繕
 課長に栄転されたM氏からご依頼があり、放送関係以外の電灯、動力、弱
 電その他の工事を請負わせていただきました。
  作業は、当社の技術者杉江嘉一がチーフで月に2週間程度現地へ行き、
 他に社員の電工が1名常駐し、現地で作業員1名を常傭し、計3人で工事
 を完成させました。二代目山科喜一も月に1〜2度出張をしており、店をあ
 げての工事だったようです。
  当時はまだ航空便はなく、1番早いのが関西汽船で、神戸−那覇間が3
 日程かかり、他の方法としては陸路鹿児島まで、そこから小船で奄美大島
 名瀬経由で那覇までが4〜5日の行程でした。それも台風等が来ると欠航
 が再々あり、大変な苦労だったようです。
  山科喜一も、杉江も、毎便1、2等での往復でしたが、当時は関西汽船の
 着く前日に沖縄の新聞には必ず来航者の氏名が1等誰々、2等誰々と書
 きたてられていたといいます。3等はすし詰めの状態であったそうです。
  当時の工事日報が残っており、着工は昭和16年6月14日、竣工が同
 16年12月2日で、最後まで現地にいた技術者の杉江が神戸へ着いたの
 が12月10日、すなわち大東亜戦争の始まった2日後でした。杉江は宣戦
 布告を四国沖で聞いたとのこと。工具や資機材などを沖縄から店へ送り返
 しましたが、2つあった荷の内1つだけはとうとう着かずじまいだったのです。
  工事図面は全部保存してありますが、仕事そのものより、往復が大変だっ
 たようで、利益はほとんど往復の費用や宿泊費等で使い切ってしまったよう
 です。でも、直営工事であったので先方では大変喜んでいただけたとのこと。
 その工事も4年後の沖縄戦で全て灰になってしまいました。
  その後、当社では平成2年にアメリカ合衆国のカリフォルニア州フォルサ
 ム市に建設された米国月桂冠蒲lの酒造工場に清酒の製造工程を制御
 するコンピューター制御盤を設計、製作、納入させて頂きました。これが新
 たな1番遠方の仕事となりました。また、平成9年以降2度にわたり、福田
 金属箔粉工業蒲lのご依頼で中国蘇州市でも工事をさせて頂きましたが、
 NHK沖縄放送局のお仕事は、その間永らくの間当社の1番遠方のお客様
 だったのです。
                             (第18話をお楽しみに・・・)
  
 


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