創業明治26年より
京都市中京区にて電気設備工事 
を通じて明るい社会づくりを目指しています。

 

7話 避雷針2と今では考えられないお話4


  引続き避雷針のお話です。少し長くなりますが、我慢してお読み下さい。
  昔、避雷針の製作やその取付工事を大量に注文してもらったのは宮内
 省(御殿、離宮関係)、市役所(学校、病院)及び府庁(庁舎及び文化財)
 でした。それらの中に東寺の工事がありました。
  現存する中で、東寺の塔は日本で一番高い(約55メートル)ことは皆様
 よくご承知のことと思います。工事は明治43年で、帳簿にも電工74人半
 (74円50銭@1.00円)とあります。創業者山科吉之助が、この工事に
 ついて思い出話をしたことが、当社の社史に書かれています。
  ご存知の通り、五重の塔の構造について簡単にお話ししますと、塔の上
 から心柱が地面すれすれにぶら下がっています。
  例えば風が吹いて塔が西に傾くと、心柱の重心はしばらくもとのところに
 あるが、やや遅れて傾いた西の方へ少し移動しようとします。今度は西に
 傾いた塔が東の方へ復元しようとすると、心柱の重心は西に残っていて一
 寸遅れて東の方へ移動します。丁度心柱と塔の重心とが位置を変えるの
 で塔全体がバランスを保っているのです。
  もちろん風が吹かず、塔が傾いていない時は、心柱の重心も塔の重心
 も同じところに重なる仕掛けですが、心柱の下面が地面に接していたりす
 ると、この運動が出来ずに塔は倒れてしまうのです。その例が昭和9年の
 室戸台風の時の四天王寺の五重の塔の倒壊と言われています。
  さて、創業者はこわごわ塔の天辺まで昇り塔の外へ出ました。高いとこ
 ろはあまり得意ではなかったようです。ご承知の通り、塔の上には九輪や
 イワシ骨や、水煙など色々の飾りが取り付けてあります。それを見上げて
 サテト思案していますと、突然、、キーゴットンと大きな音がして塔が動きま
 した。びっくりしてしばらく塔にしがみついていると、今度はまた反対側へ
 ギーゴットン。これは少し風が吹くと起こる現象なのですが、吉之助は肝を
 つぶして塔を降り、外へ出て見上げると塔は何事もなかったようにスックと
 立っています。気色が悪くなってその日は早々に家に帰り、酒を飲んで、
 布団をかぶって寝てしまったそうです。
                              
  後で聞くと、塔は絶えずゆれていると
  のこと、日を改め決死の覚悟で出かけ
 たが、今日もまたギーゴットン。二、三
 回塔に昇ったり降りたり、また、日によ
 っては塔を見上げたままでやめた日も
 あったとか。
  その上これも今では考えられない話
 
ですが、足場の重量を軽くする為、足
 場丸太の代わりに全てを竹でやったそ
 うで、すべすべして気持ちが悪かった。
 オッカナビックリ、どうやら仕上たそうで
 す。ある専門誌に、建築史家前久夫氏
 の「塔と雷」という文章があり、「明治の
 修理の時に付けられた東寺の塔の避
 雷針の刻銘があり、 『 明治四十三年
  京都市夷川東洞院 山科電機工場 
 山科吉之助 』 とある。」と記されてい
 ます。         (第8話をお楽しみに・・・)
 
《外へ出て見上げると塔は何事もなかったように・・・》

 


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