創業明治26年より
京都市中京区にて電気設備工事 
を通じて明るい社会づくりを目指しています。

 

第5話 「山科電機工場」今では考えられ


  電灯が初めて灯った頃には、当然ながら日本には専門の工事屋さんも
 電工も居ませんでした。材料といえば外国からの輸入品か、それを真似て
 器用な鍛冶屋さんや飾金物職人が作り、それを使って自分で工事をやった
 ものです。
  私どもの店でも、初めは作り物が主で手のすいた人がそれを使って工事
 に出かけました。それで店の名前も「山科電機工場」としていました。当時
 は○○工場と称するのが流行っていたようです。
  次に当時,私どもの工場で作っていた主なものを挙げますと...
   @ダニエル電池(蓄電池の一種)
   A避雷針の突針
   Bパラフィン線(通信用)
   C押釦、ソケット、ナイフスイッチ、その他簡単な配線器具類
   D照明器具類
  製、販、工が分離している今では考えられない話しです。これらの内容に
 ついては第6話以降、少し詳しくお話ししたいと思います。
  今では考えられないお話をもう一つ。電灯が初めて灯ってから、明治35
 年頃までは電工のなり手が少なく、電灯会社は困り果てていました。一般
 の人々には電気に関する知識が普及しておらず、電気は怖いものという
 先入観が強かったせいでしょう。また、明治39年の日露戦争による好景気
 のせいもあって、わざわざ危ない仕事をしなくても、という風潮もあったよう
 です。そんなわけで京都市には電工の希望者がなく、福井県へ出かけて
 募集することが多かったと言われています。
                              (第6話をお楽しみに・・・)
  
 


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