創業明治26年より
京都市中京区にて電気設備工事 
を通じて明るい社会づくりを目指しています。

 

第4話 蹴上発電所

  
  第3話では電球が高価であったお話しをしました。電球のガラスを突き抜
 けている細い線が2本ありますが、その部分の膨張係数とガラスの膨張係
 数が違うので、隙間から空気が入り、フィラメントが焼き切れることがありま
 した。そこで、丁度プラチナとガラスの係数が同じなのでその導入線にプラ
 チナを使いました。これが当時、電球の高価であった理由の一つです。
 後日代用合金が出来、プラチナは使われなくなりました。そんなわけで、当
 時は、電球は大変丁寧に取扱ったと言われています。

  さて、蹴上の発電所は明治23年より着手、25年4月に完成しました。発電
 機はエジソン式直流80kW2台で、インクラインや京都電燈に供給して電灯
 点火用に使用し、その他を市内に送配電しました。

  疏水の起工式は明治18年6月で、工
 期は6年の予定が1年3ヶ月も短縮され、
 明治23年3月に川端夷川まで完成しま
 した。今と違い、当時の岡崎村には家が
 ほとんどなかったのも、工事が早く完成
 した理由の一つのようです。明治25年に
 は蹴上発電所が完成し、 インクラインも
 この電力で動きました。京都で初めての
 街灯がともり、28年には日本で最初の
 市内電車が京都 の街を走ったのです。
  その後、疏水の両側には水車を動力
 に、精米・製粉工場が100軒も出来たそ
 うで(水車は30基だといいます)、 ただし
 これも、明治末期から大正にかけて、よ
 うやく電気に切り替える工場が増加し、
 水車の時代は去ったのです。
          (第5話をお楽しみに・・・)

     《疏水の水路閣》
 

 


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